「場」が人を育てる

17. 10月 2017 Blog, Daily 0

 

どうも、神田研司です。

 

デリカシーのない寒さにいい加減辟易してきましたね。せめてもう少し段階を踏んでほしいものです。

 

さて、みなさんそれぞれ仕事でも家庭でも、クラブ活動でもサークルでもいいのですが、自分のいる「場」というものがあると思います。

その中で、自分がどのようなポジションになり、どのような仕事をしていくのか。

人の成長は、実はそのあたりで変わってきます。

「この人で大丈夫かな」と思われていたような方でも、何年も懸命にやり続けていくうちに、ふさわしい力量をつけていくことがあります。(もちろんまったく成長せず、場そのものを矮小化してしまうケースも多くあります)

本質的には、その立場の大小が問題なのではありません。与えられた立場、ポジション、職責などに対し、現在の自分の実力の範囲内で対処しようとするのか、ポジションに対してしかるべき力をつけようと真剣に努力していくのか、そこで大きく差が開きます。

 

つまり、自分を超えようとしているか否か、ということです。

 

そこには興味深く、また普遍的な意識の反比例ともいうべき現象が発生します。

ありがちなことですし、みなさんのまわりにもよくあるかもしれません。

できていない人ほど、自分は出来ていると思っていますし、見事に、また真剣にやられている人ほど、まだまだ足りない、と思っている、という具合です。

 

小目標を達成した時には、当然大いに自分を褒めてあげるべきです。しかし、その小さな達成感と、要求されている力量全体のスケールとを混同してはいけません。

そして、本当にその「場」における責任を果たせる力がついてくると、自然と全体を見渡すことができるようになります。

そうなると、往々にして、また新しい「場」が設定されるものです。

 

力がついて来たとき、その際に注意すべきことは、「場」に対する感謝を忘れないことです。

「場」そのものが存在しなければ、どんなに力があろうがなかろうが、そもそも発揮することができません。

だからこそ、常に「場」そのものに感謝していける自分であることが大切です。

 

やるべきことがあること、果たすべき責任は時として重荷に感じてしまうこともまた人の常でしょう。

だからこそ、感謝というのは受け身ではなく、能動的な意志であり、時には自分との戦いなのです。

それができてくると、本当の意味で必要とされる人間になっていけるのではないでしょうか。

 

現在の自分を超えて、感謝していける自分を日々建設していきたいものですね。

 

 

それではごきげんよう。

 


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