感動を創るもの


みなさんお久しぶりです。

今日は思う所あって、倉本聰氏の言葉をご紹介したいと思います。

この言葉に出会ったのは10年以上前ですが、ずっと大切にしているものです。

もしも君たちが なくしものをして
それがどうしても見つからなかったら   
富良野に探しに戻っていらっしゃい   
残雪の溶けた塾地のぬかるみに   
君らの探しものは転がっているはずだ 

もしも君たちが 都会の夜の底   
ネオンが眩しくて道に迷ったなら   
闇の中に立ち 星を見るといい   
天の川の下に八幡丘の道   
道なりに行けば、小学校の前に出る 

もしも君たちが 暮らしに疲れ   
夢も目的も忘れ 流され始めたら   
布礼別の川の流れを思い出せ   
滔々と流れる空知川ではなく         
その源流の 塾を流れていた    
布礼別川のささやかな流れを 

もしも君たちが 走ることを忘れたら   
布礼別の裏道を想い出しなさい   
そこにまだ今も足をひきずって   
走りつづけている仲間がいることを

夢を持つことは君達を走らせ 

走る苦しさは君達を止まらせる  

もしも君たちがここで持っていた夢を捨て   
走らなくていい楽な夢を望むなら     
富良野のことは もう忘れなさい   
僕はそのことを 軽蔑しようとは思わない 

しかし、 それでも、どこにあっても   
「感動」ということだけは忘れないで欲しい

感動を創るものは走らなければならず  

感動を得るだけなら坐しても可能だ 

走るか 坐るか   覚悟を決めなさい 

そしてもし君たちがある日突然   
しばらく忘れていた感動を思い出し   
胸の奥から涙がつきあげたら
いつでも富良野に帰っていらっしゃい 

坐して見るものとは お茶でも飲もう   
走っているものとは 酒を汲み交わそう    

俺たちは此処にいてずっと走っている
・・・・・・・・ 行ってらっしゃい   

倉本聰 

それでは、ごきげんよう。


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